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サッカーは薬? デンマークの「フィットネ スサッカー」の力

2025年 11月

北欧研究所 藤池 怜示

デンマークでは、スポーツが日々の暮らしに溶け込んでいます。なかでも、人々に最も親しまれているスポーツと言えばサッカーでしょう。子ども時代からボールに親しむ人が多く、地域コミュニティの活動としても長く受け継がれてきました。

デンマークサッカー協会(DBU)によれば、国内には約1,500のクラブが存在し、登録選手は38万人以上(2024年時点)。人口約600万人という規模を考えると、国民の16人に1人以上が組織的にサッカーに関わっている計算になります。さらに、学校・地域クラブ・自治体施設などを含めると、全国でおよそ1,800面のサッカーコートが整備されています。

こうした環境のもと、サッカーは地域に根ざし、競技としてだけでなく、人とつながり、体を動かす身近な場として機能してきました。

サッカーといえば若者の激しいスポーツという印象があるかもしれませんが、デンマークではその枠を越え、健康づくりの手段として活用する取り組みが進んでいます。現在では、60代や70代、さらには80代の人々までもが参加し、年齢に合わせた形でサッカーを楽しんでいます。

その背景にあるのが「サッカーは薬(Football is Medicine)」というコンセプトです。これは南デンマーク大学とデンマークサッカー協会(DBU)が中心となって進めてきた研究と実践の成果で、サッカーを病気予防や治療、さらにはリハビリテーションにまで役立てようとする取り組みです。すでに200本を超える科学論文で効果が示されており、世界的にも注目を集めています。

写真提供:南デンマーク大学 Bo Kousgaard氏

フィットネスサッカーは2011年に導入され、現在ではデンマーク国内の約400のクラブで幅広い年齢層の大人に親しまれています。写真に写っているのは、フレゼリクセンIK(DBUシェラン)の60歳から90歳のメンバーで、毎週一年を通して人工芝グラウンドで練習を行い、和やかな午前の時間を楽しんでいます。

2022年には、デンマークのボーンホルム島で高齢者向けのサッカーキャンプが初めて開催されました。60歳から85歳までのプレイヤーが集まったこのキャンプでは、プロのコーチの指導のもとトレーニングを行い、健康サッカーのコンセプトやサッカーが健康にどのような効果を与えるかなどを学ぶ機会もあります。また、ボーンホルム島での体験型レクリエーションやバーベキューなどの娯楽もプログラムの一部です。スポーツと交流、自然体験を組み合わせた充実のプログラムとなっており、参加者は心身の健康促進だけでなく、地域や仲間とのつながりを深めることができます。このユニークな取り組みは大きな成功を収め、革新的な健康増進プロジェクトとして欧州サッカー連盟から賞を受けるまでになりました。

サッカーがもたらす健康効果

では、サッカーはなぜ「薬」と呼ばれるのでしょうか。研究によれば、サッカーは有酸素運動と筋力トレーニング、さらに高強度インターバル運動を自然に組み合わせた「ハイブリッド運動」です。試合形式のトレーニングでは平均心拍数が最大心拍数の80〜90%に達し、心臓や血管に強い刺激を与えます。結果として 血圧の低下や心肺機能の改善 が期待できます。

さらに、方向転換やジャンプ、急停止といった動作は 骨密度の向上や筋力の増強 に直結します。特に高齢者にとって、骨折や転倒のリスクを下げる効果は非常に大きいものです。加えて、カロリー消費も高く、体脂肪減少や糖代謝改善を通じて 糖尿病や肥満の予防 にも役立つことが確認されています。

社会的つながりを生むスポーツ

健康サッカーのもう一つの大きな効能は、社会的なつながりを作る力です。高齢になると孤立しがちですが、サッカーを通じて仲間と笑い合い、声を掛け合う時間は、精神的な健康にも好影響をもたらします。研究では、運動効果だけでなく、こうした「仲間意識」が参加者の継続率を高めています。また、フィットネスサッカーは従来のプロ/アマチュアサッカーとは異なり、競争が目的ではありません。仲間たちでボールを囲んで楽しむことが目的なのです。

高齢者に合わせた工夫

もちろん、高齢者が安心して楽しめるよう工夫もされています。公式戦のような激しい接触プレーは禁止され、試合は小さなピッチで短時間行われます。例えば「ボールを足で踏んで止める」動作は禁止にすることで転倒や関節への負担を避けています。さらに、3対3や7対7のように人数を操作することで、ボールタッチの回数を調整し、サッカー経験の有無や参加者の体力に合わせたゲームを作ることも可能です。

疾患を持つ人への応用

健康サッカーは高齢者だけでなく、さまざまな疾患を抱える人々にも応用されています。

  • 心疾患患者向け:心肺機能を改善し、生活の質を向上。

  • 前立腺がん患者向け:筋力や骨の維持に効果。

  • 乳がん治療後の女性向け:体力回復や再発予防に活用。

  • 認知症患者と家族向け:軽運動と交流を通じて心身の活性化を支援。

これらはすべて、サッカーを「健康な人のスポーツ」ではなく「健康になるためのスポーツ」として位置づける実践的な取り組みです。

おわりに

デンマークで発展しているフィットネスサッカーは、今や医療とスポーツを結びつける新しい健康づくりの形として確立しつつあります。サッカーはもはや若者だけのものではなく、誰もが楽しめる「薬」としての可能性を秘めています。

高齢化が進む日本においても、この取り組みは大きなヒントになるでしょう。お年寄りが再びボールを蹴り、笑顔で仲間と過ごす時間を持つ。そんな風景が日本でも広がっていけば、心も体もより豊かに歳を重ねられるはずです。フィットネスサッカーが日本でも根付く日を期待したいと思います。


参考文献

Bennike, S., Andersen, T. R., & Krustrup, P.(編).『サッカーによる予防と治療 ― 10の疾病とリスク状態に焦点を当てた白書』. デンマークサッカー協会・南デンマーク大学, 2024.(原題: Fodbold som forebyggelse og behandling – En hvidbog med fokus på 10 udvalgte lidelser og risikotilstandehttps://www.dbu.dk/media/ixqmnzek/hvidbog-fodbold-som-forebyggelse-og-behandling.pdf

Bruun, C.「サッカーは薬だ ― 患者をプレーに参加させる時が来た(Fodbold er medicin – det er tid til at lade patienterne spille med)」『Videnskab.dk』.https://videnskab.dk/krop-sundhed/fodbold-er-medicin-det-er-tid-til-at-lade-patienterne-spille-med/ (最終閲覧日: 2025年8月24日)

DBU. サッカークラブ登録者統計 https://www.dbu.dk/om-dbu/medlemstal

Gynther, J.「ボーンホルムで前例のない取り組み:60歳以上の選手のためのサッカースクール(Aldrig set før på Bornholm: Fodboldskole for spillere over 60 år)」『Bornholms Tidende』.
https://tidende.dk/sport/aldrig-set-foer-paa-bornholm-fodboldskole-for-spillere-over-60-aar/126469 (最終閲覧日: 2025年8月24日)

Statistics Denmark. スポーツ施設統計 https://www.dst.dk/en/Statistik/emner/kultur-og-fritid/idraet/idraetsforeninger-og-idraetsfaciliteter

UEFA.「デンマークの高齢者向け制度がUEFAグラスルーツ賞を受賞(Danish scheme for seniors takes UEFA Grassroots award)」『UEFA.com』.
https://www.uefa.com/news-media/news/0280-17c1eb9db911-b0d3b37d58d0-1000--danish-scheme-for-seniors-takes-uefa-grassroots-award/ (最終閲覧日: 2025年8月24日)