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LGBTQ+の高齢者のためのレインボー介護施設

北欧研究所 中川紗佑里

 

2025年8月、「スロッテット(Slottet)」(デンマーク語で「城」の意味)という介護施設が、開設10周年を迎えました。インスタグラムに投稿された、お祝いの投稿がこちら。

 

出典:https://www.instagram.com/p/DM69vrztC4U/?img_index=1

 

画面中央には赤、オレンジ、黄色、緑、青、紫の6色の虹の旗。そう、LGBTQ+コミュニティの象徴のプライドフラッグです。

 

北欧初のLGBTQ+高齢者向け介護施設

スロッテットは、デンマークで初めてLGBTQ+の高齢者が安心して過ごせるよう開設された老人ホームです。市営の介護施設として2014年に首都コペンハーゲン市のノアブロ(Nørrebro)地区にオープンしました。レズビアン、ゲイ、トランスジェンダー、クィアと自認する人たちが多く入居していますが、異性愛者でシスジェンダーの男性や女性も入所することができます。

 

スロッテットでは、入居者だけではなく、スタッフの多様性も重視しています。施設のディレクターは、「性的指向や性自認に関わらず、理解され、受け入れられていると入居者が感じられる安全な環境を作りたいと考えています。そして、入居者のこれまでの人生を理解しているスタッフを配置したいと考えています」とメディアの取材で語っています。

 

出典:https://www.instagram.com/p/DOQdGvviM_A/?img_index=1

 

スロテットの全職員は、LGBTQ+のバックグラウンドを持つことが高齢期にどのような意味を持つのか、入居者がどのような時代や大きな出来事を経験してきたのかを学ぶための研修を受講しています。現在介護を受ける年齢のLGBTQ+の人たちは、今よりもあからさまな性的少数者への差別がある時代を生きてきました。家族や学校、職場などのコミュニティになじめず、孤独感を抱いて生きてきた人も少なくありません。差別の経験は、多くの当事者に自分のアイデンティティを隠して生きていくことを選ばせます。高齢期のように身体的・社会的に脆弱な状況では尚更です。スロテットのスタッフはこうした困難を認識しており、スロテットが入居者にとって「自分らしくいられる居場所」になるようケアを提供します。たとえば さらに、共用エリア、オフィスの装飾、職員の名札など、至るところに6色の虹が使われており、LGBTQ+インクルーシブな空間作りにも心遣いが見られます。

 

 

いくつになってもレインボーな瞬間を

スロッテットでは「レインボー・モーメント」と呼ばれるさまざまな催しが定期的に開かれます。LGBTQ+コミュニティのボランティアによるプレゼンテーションや、LGBTQ+をテーマにした本や映画についてのトークショーが行われ、入居者たちが集まって語り合います。スロッテットのInstagramアカウントでは、イベントの写真がしばしば投稿されており、ロックやジャズなどのコンサート、ダンスを楽しむ入居者の様子が垣間見られます。

 

出典:https://www.instagram.com/p/DPTBawSCMUt/

 

毎年夏になると、コペンハーゲンのプライドパレードにスロッテットも参加します。プライドとは、性的指向や性自認に基づく差別や偏見に対抗する社会運動であり、多様な性のあり方を祝福するイベントのことで、世界各地で開催されています。その他にも、アイスクリームカフェやアロハカフェ、ピザパーティなど、楽しげなイベントが目白押しです。

 

 

LGBTQ+高齢者という「見えない」存在

デンマークにおいて、性的マイノリティであると自認する人の割合は約8%。世代や時代により多少の差こそあれ、本来なら介護施設に入居する人の約8%がLGBTQ+であってもおかしくありません。

 

しかし、このスロッテットでさえLGBTQ+の入居者がほんの一握りしかいないときもあるそうです。その理由のひとつとして、老人ホームに入居できる年齢に達する前に、この世を去ってしまうLGBTQ+当事者が少なくないことが指摘されています。

 

CASA(Centre for Alternative Social Analysis)は2009年、LGBTQ+の人びとが人生で直面する課題に関するレポートをまとめ、虐待・精神疾患・差別といった困難が当事者の生活の質を低下させ、余命を縮めていることを示しました。この報告書をもとに複数の団体が当時の保健担当市長に働きかけ、2015年にスロッテットの開所につながりました。

 

1989年に世界で初めて同性カップルの登録パートナーシップ制度を導入したデンマークであっても、介護施設において同性愛者の入居者が差別や偏見に遭遇することはまだまだ多いと言います。人生の最後まで、自分をおさえて「普通」でいることを強いられるのは、どれほどのフラストレーションでしょうか。また、法律などの制約により、配偶者や子どもなどの家族を持つ権利が奪われたまま、年を重ねた同性愛者も多くいます。LGBTQ+の高齢者が安心して過ごせるスロッテットは、当事者コミュニティにとって、かけがえのない場所となっているのです。


 

「お城に行くって知ってたら、ドレスを着てきたのに!」

ところで、「スロッテット」(城)という名前は、どこからやってきたのでしょうか? 1901年に建てられたこの施設は、以前「S棟」や「病院」と呼ばれていました。

 

スロッテットという名前になったのは、改装が行われた1994年。とある入居者の女性が、ピカピカになったホームの中をのぞいてこう言ったそうです。

 

「ああ、お城の舞踏会に行くって知ってたら、素敵なドレスを着ていたのに!」

 

今でもこのエピソードは、スタッフの間で大切な思い出として共有されています。この女性が感じた興奮と喜びを、これからもスロッテットで暮らす人に感じてもらいたい——。そんなプライドを胸に、「城」を守るスタッフたちは今日も働いているそうです。

 

 

〈参考文献〉

Boliger til ældre i København (n.d.). Primær navigationOm Slottet. https://boligertilaeldre.kk.dk/plejehjem/find-plejehjem/slottet/om-os

Danish Institute for Human Rights (2023. September). LGBT+ – What and how many?. https://www.humanrights.dk/lgbt-barometer/what-and-how-many

Regnbueplejehjemmet Slottet [@voreshverdag_slottet]. (n.d.). Posts [Instagram profile]. Instagram. https://www.instagram.com/voreshverdag_slottet/

Rossander, L. (2020, November 1). “The LGBT profile has given us the gift of a community of values”. Copenhagen Pride.  https://www.copenhagenpride.dk/en/the-lgbt-profile-has-given-us-the-gift-of-a-community-of-values/

Troense, S. (2023, August 17). Over Slottet vajer regnbueflaget. Familie Journal. https://www.familiejournal.dk/livshistorier/over-slottet-vajer-regnbueflaget