井澤香保
「移動の自由」は、健康やQOLを支える重要な基盤です。活動範囲が狭まると、買い物や通院、趣味の活動、地域交流などへの参加機会が減っていしまいます。さらに、認知機能や精神面に悪影響を及ぼす可能性も指摘されています。 しかし、車の運転をやめた高齢者や、身体機能の低下で歩行が難しい人々、また公共交通が乏しい地域に住む人々にとって、「行きたい場所に自由に行けない」という問題は日常の中にあります。
デンマークで2024年に実施された運輸省が設置した委員会による調査では、約18万人が最寄りのバス停や駅から2.8km以上離れた地域に居住していることが明らかになりました。
デンマークには、こうした課題に対処するための「FlexTrafik(フレックストラフィック)」という移動支援の仕組みがあります。9月のコラム「デンマークの高齢者に優しい旅行— 誰もが安心して楽しめる旅のかたち—」で紹介した「FlexHandicap(フレックスハンディキャップ)」はFlexTrafikの制度の一つです。今回は、この仕組みについてさらに詳しく紹介します。
FlexTrafikは、デンマーク全土で展開されている「需要応答型交通サービス」です。利用者が電話やアプリで予約を行うと、指定の出発地から目的地まで、希望の時間にバスや車を利用できます。予約は2週間前から2時間前まで可能で、病院通院や買い物、レジャーなどあらゆる目的での利用が可能です。このFlexTrafikは年間550万件以上利用されており、デンマークで広く普及しています。
需要応答型交通サービスというと、配車アプリ「Uber」などを思い浮かべる人も多いかもしれません。実際、デンマークでもこうしたサービスは広く普及しています。しかしFlexTrafikは、自治体が費用の一部を負担し、相乗りを前提とした運航を行うことによって利用者の費用が抑えられている点が大きな特徴です。さらに、病院への通院や体が不自由な人のための無料送迎のような福祉サービスも組み込まれており、一般の配車アプリとは一線を画した公共交通インフラとしての役割を担っています。
この仕組みを支えているのが、「FlexDanmark(フレックスデンマーク)」という事業体です。FlexDanmarkは、デンマークで公共交通を提供する5つの会社(地域行政が所有)によって共同で設立され、システムや予約アプリ、ウェブサイトなどの基盤を提供する役割を担っています。実際の輸送は、全国に点在する550社以上の民間交通事業者(タクシー会社やミニバス事業者など)が担当します。全国の利用者からの予約リクエストは、FlexDanmarkのシステムに集約され、出発地・目的地・時間帯に応じた最適な事業者の割り当てと、相乗りのマッチングが行われます。
出典:Movia.
FlexTrafikの中には、目的や対象に応じた複数のサービスが用意されています。以下はその一部です。
FlexPatient:病気や障がいで公共交通を使えない患者のための無料医療送迎。
FlexHandicap:病気・障がい・虚弱などにより移動に著しい困難を抱える人向け。年間104回までのレジャー移動を公共交通並みの料金で提供。
FlexTur:全ての人が利用可能。自治体が利用料金を一部負担する。都市部では運賃は高めに設定されているが、農村部では公共交通並みの価格で提供されており気軽に利用可能。
出典:Movia.
特徴的なのは、これらの異なるサービスを同じ車両で共有して運行を行っていることです。これが限られた車両でより多くの人を効率的に運ぶことを可能にしています。また、車椅子の有無、乗降補助の必要性、プライベート車両の希望なども反映可能です。
このFlexTrafikがデンマークの交通が不便な場所に住む高齢者の大きな支えとなっています。ある高齢の利用者スザンヌさんはこう語っています。
「FlexTurのおかげで、より健康になっていると感じます。外出できるし、人と会うこともできます。FlexTurを使っていなければ、とても退屈な人生になっていたでしょう。」
FlexTrafikのほかにも、地域住民自身が運営するミニバスの導入が全国で広がっています。デンマーク政府は2024〜2025年にかけて、全国のミニバス導入を支援するため合計2000万クローネ(約4億円)の補助金を設けました。
住民が予約して利用する形態のバスが導入されていることが多く、FlexTrafikと連携している場合もあります。
一方で、時刻表や停留所を持つ小規模路線型バスが導入されている例もあります。たとえばデンマーク北部のGjøl(ヨル)では、「Ålen」というバスの運行が8月にスタートしました。Gjølでは平日17時以降や週末はバスを利用できないという問題がありました。そこで住民たちは資金を集め、デンマーク交通庁と自治体の支援を受けてミニバスを購入。路線計画や停留所の設定を自ら行い、35人のボランティアが運転手として運行を行っています。こうした地域住民による取り組みも、デンマークの「移動の自由」を支えるもう一つの形です。
出典:Søren Petersenさん
日本でも、2024年の道路交通法改正により、一般ドライバーが自家用車で乗客を運ぶ「ライドシェア」が広がりつつあります。特に過疎地域では、自治体やNPO法人が主体となって運営する「公共ライドシェア(自家用有償旅客運送)」が、高齢者の生活を支える新たな“足”として注目されています。住民自身がドライバーとなり、自家用車を活用する点が特徴です。
一方、デンマークのFlexTrafikは、通院、買い物、福祉、レジャーといったあらゆる移動を、車いす利用や介助の要否も含めて一つの仕組みの中で支えています。その結果、コスト削減と迅速なサービス提供を両立し、さらに高齢者や地方在住者などの移動弱者を統一のシステムで全国的に支える公共事業として「交通の公平性」を実現しています。
日本の公共ライドシェアとは制度の枠組みが異なるものの、FlexTrafikの取り組みは、多様な主体の協働とデジタル技術を組み合わせて社会全体の移動を支えるという点で、多くの示唆を与えてくれます。今後、日本が年齢や住む場所に関係なく、誰もが行きたい場所へ行ける社会を築いていくうえで、FlexTrafikは確かなヒントとなるでしょう。
参考資料
AARP,Jana Lynott (2019) https://www.aarpinternational.org/File%20Library/AARPTheJournal/AARP_TheJournal_v12_2019.doi.10.26419-2Fint.00036.015.pdf
SUMC MLC, FlexDanmark, Denmark, 2020
https://learn.sharedusemobilitycenter.org/overview/flexdanmark-denmark-2020/?utm_source=chatgpt.com
(2025年10月18日閲覧)
DR, Marie Bergmann
https://www.dr.dk/nyheder/indland/frivillige-bag-rattet-borgere-koerer-selv-ny-busrute-paa-landet
(2025年10月18日閲覧)
Movia, Flextrafik
https://www.moviatrafik.dk/kommune-region/flextrafik
(2025年10月19日閲覧)
Flexdenmark, Kerneforretningen, Hvad er flextrafik?
https://flexdanmark.dk/hvad-er-flextrafik/#page-content
(2025年10月19日閲覧)
Ålen - Gjøl Landsbybus
https://www.xn--len-tla.dk/
(2025年11月2日閲覧)