北欧シニアレポートサムネイル

デンマークの高齢者が音楽を楽しむこと

2026年2月

北欧研究所 石本千智


はじめに

高齢者が音楽を楽しむことは、単なる娯楽にとどまらず、心理的・身体的な健康に大きく寄与することが多くの研究で報告されています。特に認知症や高齢期の精神的不安定さに対して、音楽は重要な緩和的役割を果たすと言われています。北欧諸国の研究でも、音楽が高齢者の心理的安定や生活の質の向上に大きく寄与していることが明らかにされており、音楽の積極的な活用が見られています。

昔から、デンマークでは、音楽が人々の暮らしの中に自然と息づいていました。カフェでは生演奏が響き、街中のホールでは地域の合唱団が声を合わせるシーンをよく見かけます。本コラムでは「高齢者と音楽」のトピックで、デンマークの日常生活での関わりについて考えてみます。

デンマークでの音楽の楽しみ方、心身への効果

デンマークでは、年齢を重ねても音楽を楽しむ文化がしっかりと根づいています。多くの高齢者が、オペラやクラシックのコンサートに足を運び、教会で讃美歌を歌い、地域の集会所では、地元の学生たちの合唱団が歌を披露したり、高齢者自身が社交ダンス音楽に合わせて体を動かしたりする光景もよく見られます。特に、地域での「fællessang」(フェレスサン、集団合唱の意味)は、ふれあいや世代間の共有体験を育む文化的表現として国民に広く受け入れられてます。学校、図書館、教会、公民館、学校の児童が高齢者施設を訪れる等、様々な場所で行われていますが、歌を通じて会話が生まれ、共通の記憶や文化が共有されるなど、高齢者が社会的なつながりを感じるきっかけの場として重要な役割を果たしています。童謡、民謡、20世紀の流行歌、賛美歌など、世代を超えて共有されてきた曲が選ばれることが多いようです。

こうした音楽が身近な土壌は、高齢者ケアの現場にも強く影響しています。介護施設では、入居者一人ひとりの「思い出の曲」をスタッフが共有し、日々のケアに取り入れています。若い頃に親しんだメロディーで自然と口ずさみ、穏やかになったり、スタッフとのコミュニケーションが増えるといった変化が見られることも珍しくありません。また、医療と音楽を横断的に研究するプロジェクト「Musica Humana Research」では、病院における音楽を使ったストレス軽減の研究が進められてきました。患者の心拍数や血圧、睡眠の質に音楽が良い影響を与えることが報告されており、音楽をケアやリハビリのためのツールとして捉え、介護・高齢者支援の場においても音楽を活用する流れが広まりつつあります。

これらの実践を支える背景には、音楽の心理的・身体的効果を裏づける豊富な研究があります。音楽が興奮や動揺(agitation)を和らげることは長年の研究で繰り返し確認されてきました。ここでいう興奮とは、不安や混乱、攻撃的行動、身体の落ち着きのなさなどを指しますが、認知症の方に見られるこうした状態が、音楽を聴く、一緒に歌うといった活動により穏やかになることが報告されています。また、薬物使用の抑制にも音楽は一定の効果があるとされています。例えば、コペンハーゲン市の4つの高齢者介護ホームで行われたプロジェクト「Bedre trivsel – mindre medicin(よりよい幸福感 – 薬を減らす)」では、音楽や感覚刺激などによる非薬物的手法を取り入れたことで、抗精神病薬の使用を60%減らしたという報告があります。薬に頼らず心理状態を安定させる補助的手段として、音楽は重要な可能性を持っています。

さらに、音楽には記憶を呼び覚ます力があります。特に認知症の進行によって言葉での表現が難しくなった段階でも、若い頃に親しんだ曲やメロディーを聴くと、自然に口ずさんだり、表情が和らいだりすることがあります。これは、音楽が脳の感情や記憶を司る部分に直接働きかけるためだと考えられおり、デンマークの介護施設で取り組まれる“思い出の曲”の活用とも深く関係しています。

更に、音楽を健康資源・ケア資源として活用する研究・実践が進んでいます。例えば、音楽療法・音楽インターベンションを通じて、ストレス・不安を軽減し、認知・記憶・睡眠などに良い影響を与える可能性が指摘されています。例えばデンマークの複数の病院で取り組まれている「Musica Humana」という医療と音楽を横断的に研究するプロジェクトでは、病院における音楽を使ったストレス軽減の研究が進められてきました。ストレス緩和、鎮静を目的として特別に作成された「MusiCare」の音楽トラックは、2003年にデンマークの薬局で初めて発売されてから、患者の心拍数や血圧、睡眠の質に音楽が良い影響を与えることが報告されており、現在でも愛され続けるアルバムです。このアルバムは、特定のヒット曲を集めたものというよりも、情緒の安定や安心感の喚起、身体の動きや反応の促進を目的として構成された治療的な音楽トラックです。楽曲は主にインストゥルメンタルで構成され、クラシック音楽の演奏家たちによって、アコースティック楽器を用いて演奏されています。例えば「森の夜明け」「ビーチの波」「夏の夜の雰囲気」といったタイトルが付けられた楽曲が収録されており、聴く人に穏やかな安心感をもたらすよう工夫されています。

このようにデンマークでは、音楽をケアやリハビリのためのツールとして捉え、介護・高齢者支援の場においても音楽を活用する流れが広まりつつあります。

さいごに

デンマークでのこうした音楽活動を振り返ると、日本でも高齢化が進む今、音楽を日常に取り入れることは、心と体をほぐし、豊かな暮らしをつくる大切な一歩になり得るでしょう。音楽が持つ「記憶」「感情」「つながり」の力を改めて見つめ直し、積極的に活用してみることができるのではないでしょうか。

友人や家族と一緒に歌ったり聴いたりする時間、ふと好きな曲を口ずさむひととき。年齢を重ねたからこそ、そんな小さな音楽の時間が人生をより味わい深いものにしてくれます。北欧の高齢者たちのように、音楽とともに日々を過ごす喜びを、ぜひご自身の暮らしにも取り入れてみてはいかがでしょうか。

参考資料

Bonde, L. O., & Theorell, T. (Eds.) (2018). Music and public health - a Nordic Perspective. Springer. https://doi.org/10.1007/978-3-319-76240-1 

Danish Sound Cluster. Sound and music create mental health. https://danishsoundcluster.dk/en/sound-and-music-creates-health/ (2025.11.13閲覧).

Hanne Mette Ochsner Ridder (2007.10.18). Eksperter: Musikterapi kan reducere forbruget af medicin til demensramte. https://vbn.aau.dk/da/clippings/eksperter-musikterapi-kan-reducere-forbruget-af-medicin-til-demen (2025.11.13閲覧).

Karin Schou (2007). MUSIKMEDICIN OG MUSIKTERAPI I MEDICIN Om musikterapi og musikmedicin i somatisk behandling, om patienters musikpræferencer i forbindelse med afspænding/stressreduktion og om ph.d.-projektet Guidet Afspænding og Musik, GAM. https://doi.org/10.7146/pl.v28i1.8384 

Københavns kommune Sundheds- og Omsorgsforvaltningen (2024.08.16). Særlig metode giver bedre trivsel og mindre medicin hos borgere med demens. Via Ritzau. https://via.ritzau.dk/pressemeddelelse/13982506/saerlig-metode-giver-bedre-trivsel-og-mindre-medicin-hos-borgere-med-demens?publisherId=13559142&lang=da (2025.11.21閲覧).

Nicolai Bang. Velkommen til Glade Toner - Musik til ældre. https://www.gladetoner.dk/ (2025.11.21閲覧).

MusiCure in Healthcare. Hvad er MusiCure? https://musicure.dk/httpommusicuredk (2025.11.13閲覧).

Saarikallio, S., Stensaeth, K., Howitz, E. B., Ekholm, O., & Bonde, L. O. (2020). Music as a resource for psychological health for music professionals: A Nordic survey. Nordic Journal of Arts, Culture and Health, 2(1), 38-50. https://doi.org/10.18261/issn.2535-7913-2020-01-04