北欧研究所 盛田忍之
デンマークには、「プライエボーリ(plejebolig)」と呼ばれる高齢者のための住まいがあります。少し聞き慣れない言葉かもしれませんが、その中身はとても大切な考え方に支えられています。それは、「年を重ねても、できる限り自分らしく、自分の人生を続けていく」というものです。
まずお伝えしたいのは、プライエボーリは「施設」ではなく、「住まい」であるという点です。ここでは、一人ひとりが自分の部屋を持ちます。部屋は個室で、トイレやキッチンが備わっていることも多く、できるだけ自立した生活ができるように設計されています。そして、その部屋には、これまで使ってきた家具や、家族の写真、思い出の品を自由に持ち込むことができます。長年大切にしてきたものに囲まれて暮らすことは、安心感につながりますし、「ここが自分の家だ」という気持ちを自然に育ててくれます。
一方で、ひとりでの生活に不安がある方のために、この住まいには24時間体制でスタッフが常駐しています。食事や入浴、服薬の管理、体調の見守りなど、日常生活に必要な支援を受けることができます。ただし、ここで大切にされているのは、「すべてを任せる」のではなく、「できることは自分で続ける」という姿勢です。たとえば、簡単な料理や身の回りの整理など、無理のない範囲で自分の役割を持ち続けることが推奨されます。スタッフはそれを見守り、必要なときに手を差し伸べる存在です。この「自立と支援のバランス」が、デンマークのケアの大きな特徴です。
この住まいに入るには、誰でもすぐに入れるわけではありません。まず、自治体の担当者がその人の生活状況を確認し、「自宅での生活が難しいかどうか」を丁寧に判断します。この判断を「ビジテーション(visitation)」と呼びます。そして、必要と認められた場合に、プライエボーリへの入居が可能になります。
ここで特徴的なのが、「選ぶ自由」があることです。入居が認められると、自分の住みたい場所をある程度選ぶことができます。同じ自治体の中だけでなく、他の自治体や民間が運営する住宅も選択肢に入ります。ただし、特定の人気のある住まいを待つ場合には、少し時間がかかることもあります。一般的には、自治体が用意する住まいであれば、一定期間内(目安として2か月程度)に入居できる仕組みが整えられています。
費用についても重要なポイントです。プライエボーリは「サービス付きの賃貸住宅」という扱いなので、入居者は家賃を支払います。また、入居時には保証金のような費用が必要な場合もあります。一方で、収入に応じて家賃の補助を受けることができたり、保証金についても貸付制度が用意されてもいます。つまり、福祉サービスとして国から守られつつも、自分の責任で自分の住まいとして暮らす、という考え方が反映されています。施設利用料として一律に支払うのではなく、あくまで生活の延長としての費用構造になっています。
デンマークでは近年、従来型の大きな施設に代わって、このような住宅型の暮らしが増えてきています。実際に、過去十数年でプライエボーリの数は増加し、従来の施設型の住まいは減少しています。これは、できるだけ普通の生活に近い形で暮らすことが大切だという考え方が広く共有されているためです。
また、この住まいでは多くの方が認知症とともに生活しています。デンマークでは、高齢者住宅に住む人の多くが何らかの認知機能の低下を抱えているとされています。そのため、ケアの中では「その人がこれまでどんな人生を歩んできたか」を理解することがとても重要になります。若い頃の仕事や趣味、家族との思い出などを知ることで、その人に合った関わり方ができるようになります。ここで活用されているのが、過去を思い出しながら語る「回想(レミニセンス・Reminiscence)」の考え方です。昔の写真を見たり、好きだった音楽を聴いたりしながら、自然に会話を引き出していきます。こうした時間は、単なる懐かしさではなく、その人の安心感や落ち着きにつながります。そして、自分がどんな人生を歩んできたのかを再確認することで、自分らしさを保つ助けになります。
デンマークの高齢者政策全体としても、自己決定や生活の質が非常に重視されています。つまり、ただ安全に暮らすだけでなく、その人にとって意味のある毎日を送ることが大切にされています。プライエボーリは、その考え方を実際の生活の場として形にしたものだと言えるでしょう。
このように見ていくと、プライエボーリは単なる介護の場ではありません。これまでの人生をそのまま引き継ぎながら、新しい環境で安心して暮らすための住まいです。できることを大切にしながら、必要なときには支えてもらう。その中で、人とのつながりや、自分の歴史を感じながら日々を過ごしていくことができます。
年齢を重ねることは、決して何かを失うことばかりではありません。これまで積み重ねてきた経験や思い出が、これからの生活を支える大切な力になります。デンマークのプライエボーリは、その力を大切にしながら、「最後まで自分らしく生きる」ことを支える場所です。
参考文献
https://www.retsinformation.dk/eli/lta/2021/1877
https://www.kk.dk/borger/aeldre-65/boliger-til-aeldre/plejehjem
https://videnscenterfordemens.dk/sites/default/files/inline-files/haefte_i-plejebolig_2020.pdf
https://www.vive.dk/da/nyheder-og-debat/2023/flere-aeldre-skal-deles-om-faerre-plejeboliger/
https://boligertilaeldre.kk.dk/plejehjem/husleje-boligstoette-og-laan-til-indskud
https://boligertilaeldre.kk.dk/plejehjem