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デンマークのコミュニティスペース「Absalon」とは?

北欧研究所 石本千智


デンマークでは、人々が健康を保ち、活発な生活を送ることができるように、政府や地域社会、団体が協力して、様々なイベントや交流会を提供しています。こういった場の一例として今回ご紹介するのは、コペンハーゲンのヴェスタブロにあるコミュニティスペース、フォルケフーセット・アブサロン(Folkehuset Absalon )です。Folkehusetは日本語で「民衆の家」という意味で、その名の通り、背景や立場を問わず様々な人々から親しまれており、多様な文化や活動を通じて人々を結びつける役割を果たしている場所です。世代間を超えた交流や多様なアクティビティに参加できることから、高齢者からも非常に高い支持を得ています。

Absalonについて

コミュニティスペースとして現在使用されているAbsalonの建物は、歴史をたどれば教会でした。1919年に仮設の木造教会としてアブサロン教会が誕生し、1933年に石造教会として再建設されました。しかし、2013年には当時の政治的決定から、アブサロン教会を含むコペンハーゲン市内の計6つの教会が閉鎖されることになりました。そこでデンマークの有名な雑貨屋Flying Tiger Copenhagenの創業者であるレナート・ライボシツ(Lennart Lajboschitz)は、閉鎖されたアブサロン教会を買収し、彼のアイディアの下、2015年より現在のような地域住民のためのコミュニティスペースとしてとして利用されることとなったのです。


買収された2015年頃のAlsalonの外観。コペンハーゲン市より2024年7月2日引用。


Absalonは、現在、多種多様な活動やイベントを通じて地域社会を支えており、毎週約100件ものイベントが開催されています。デッサンやクイズ、ヨガ、ダンス、食事会など、さまざまなアクティビティを通じて地元の人々だけでなくありとあらゆる人々が集まるコミュニティスペースとして機能しています。また、多くのイベントは、デンマーク語を話さない方でも気軽に参加できるようになっています。デンマークのコペンハーゲン大学によりますと、デンマーク人全体の86%が第二外国語として英語を話すことが報告されており、外国語能力の高いデンマークだからこそ、インクルーシブな空間を生み出すことができているのかもしれません。Absalonは「人と人の間の社会的な絆こそが人生を意味のあるものにすると信じており、Alsalonではこうした絆が形成され、強くなる空間を創りたい」と考えているそうです。年齢、国籍、文化的背景に関係なく、誰もがここでの活動に参加し、コミュニティの一員となることができ、これは、地域の多様性を尊重し、促進する重要な役割を果たしています。特に高齢者や若者にとって、安心して過ごせる場所として重要な存在となっているのです。


Absalonで開催されるイベントの一週間カレンダーの例。Absalonホームページより2024年7月2日引用


数あるイベントの中で特に注目を浴びているのは、毎晩開催されている交流を重視したディナー会である共同夕食(デンマーク語でfællesspisning)です。参加者は、事前又は当日チケットを購入したら、8人以上掛けの大きなテーブルを囲んで、その場で出会う他の参加者との交流を楽しむことができます。大きなお皿に盛り付けられている食事は、各テーブルから数名がキッチンに受け取りに行き、テーブルの皆で食事を分け合います。誰が食事を取りに行くのか、誰が食事を小皿に盛り付けるのかという、こういった些細なシーンから他の参加者との対話が自然と生まれるようになっているのです。更に、食事のメニューも参加者の多様な背景や事情を考慮して、ベジタリアン又はヴィーガンであることがほとんどで、メニューは事前に公開されています。この交流をコンセプトとしたディナー会はデンマーク国内でも大変注目を浴びており、2017年には、創業者のライボシツがデンマーク・ガストロノミック・アカデミー(Det Danske Gastronomiske Akademi)から名誉学位を授与されました。また同時期には、「Absalonは街に新しいものを加え、美しい教会の内装が、あらゆる世代の人々が集う新しい場になりうることを示した」と推薦され、コペンハーゲンのデンマーク建築家協会よりリール・アルネ賞(デンマークのデザイナーであるアルネ・ヤコブセンの名にちなんで名付けられた賞)も授与されています。


Absalonで開催される共同夕食(fællesspisning)の様子。AbsalonのFacebookページより2024年7月4日引用

シニアとの関わり

Absalonは、その歴史的背景を活かしながら、現代のコミュニティセンターとして地域社会に貢献しています。多様な活動やイベントを通じて、人々が交流し、学び合う場を提供し続けており、その存在は地域住民に限らず、訪れる全ての参加者にとって欠かせない交流の場となっています。特に、高齢者の孤立や孤独がしばしば社会問題となっている中で、Absalonのような、毎日様々な活動に参加することができ、自然に他者と関わる機会が得られる場所は、高齢者の日々の不安や孤独感を和らげる社会の大きな役割を担っていると言えるでしょう。また、高齢者が高齢者施設に通うことでは得ることのできないAbsalonの最大の魅力は、多世代の交流の機会があるということです。たしかに、以前のコラムでご紹介したオアステルプライエセンター(Ørestad Plejecenter)のような高齢者施設では、高齢者が他の入居者と交流したり、大好きな趣味に没頭したり等、有意義な生活が送れるような工夫がなされているのは確かです。しかし、同世代の人々だけでなく、若い世代と交流する機会を通して、高齢者は自分の経験や知識を話してみたり、次世代の新鮮な視点を得ることができたり、従来の高齢者施設内では得られることのできない大きな利点がAbsalonにはあります。


地域の絆を強化し、文化的な豊かさを享受できる場として、Absalonはこれからもその重要な役割を果たしていくことでしょう。皆さまがデンマークを訪れる際には、ぜひAbsalonへ足を運ばれてみてはいかがでしょうか。