2025年6月
北欧研究所 吉里柚波
皆さんは、地域のイベントや福祉サービスの情報をもっと気軽に知りたいと思ったことはありませんか?デンマークでは、高齢者向けに自治体が発行する情報誌があり、地域の最新情報や交流の場を手軽に把握できます。これらの情報誌は、インターネットに慣れていない高齢者にも確実に届くよう、全戸配布や公共施設での閲覧が徹底されてることが特徴です。さらに、地域の高齢者自身も編集に関わることで、当事者の声を活かした運営がなされています。
日本でも似たような情報誌がありますが、デンマークの事例には、情報の届け方や編集の仕組みなど、地域参加を促進する工夫があり、新たなヒントが得られるかもしれません。今回は、具体的な事例2つをご紹介し、合わせて日本の取り組みもお伝えします。
グラズサクセ市(Gladsaxe kommune)は、コペンハーゲンの北西に位置する自治体です。同市では、高齢者とその家族に向けたシニア向け情報誌「60+」を年3回発行し、60歳以上のすべての市民に郵送しています。インターネットを使わない方でも必要な情報を受け取れるため、デジタル化が進む中でも誰も取り残さない配慮がされています。紙媒体に加え、インターネット上でも閲覧可能です。また、市役所、図書館、老人ホームなど公共施設でも手に取れるため、多くの人がアクセスしやすくなっています。
情報誌の編集には、高齢者評議会の代表者や行政職員、保健・リハビリテーション局の専門家が参加し、当事者の視点を反映した内容になっています。内容は社会交流や健康を中心に、自治体の最新情報やイベント、高齢者に役立つ多様なテーマを扱っています。例えば、福祉関連ニュース、地域の緑地ツアー、旅行・スポーツイベント、医療情報、主要連絡先の紹介などです。
その中には、市の図書館で開催される60歳以上向けの「文学と会話」に関するイベントも紹介されています。これは、司書が短編小説や詩を朗読した後、参加者がそれぞれの感想や人生経験を語り合うというものです。文化的体験と感情的な交流が結びつくこのイベントは、語り合いによる認知症予防や孤立の緩和に貢献するコミュニティの場としても重要な役割を果たしています。イベントは10週間にわたって定期的に開催され、同じメンバーと継続的に会うことで、自然な関係づくりや居場所の創出が促されています。
また、高齢者のための「ランチクラブ」も紹介されています。これは、高齢者団体への正式な参加には抵抗があるものの、人と交流したいと考える人に向けた、よりカジュアルで参加しやすいコミュニティの場です。ここでも語り合いが重視されており、参加者は疎外感を抱くことなく、気軽に新たなつながりを築くことができます。
こうした取り組みを通じて、グラズサクセ市は高齢者が地域社会に積極的に参加し、安心して暮らせる環境づくりを進めています。情報誌「60+」は、単なる情報提供にとどまらず、交流のきっかけをつくるメディアとして、孤立防止や社会的包摂の実現にも大きく貢献しています。また、それぞれのページでは高齢者の写真が多く掲載され、「自分も参加してみたい」と感じる共感や安心感を呼び起こす工夫がなされています。
60+の表紙 出典:Gladsaxe Kommune
文学と会話に関するイベント情報 出典:Gladsaxe Kommune
高齢者が雑誌を閲覧 出典:自身で撮影
オーベンロー市(Aabenraa kommune)は、ユラン半島南部に位置し、国内で9番目に広い面積を持つ自治体です。同市では、高齢者や障がい者向けに情報誌「RUDEN(ルーデン)」を年に2〜3回発行しています。
この情報誌には、高齢者や障がい者に関連するニュースやイベント情報が豊富に掲載されています。内容は、評議会からの最新情報、コンサートの案内、コラム、各種アクティビティの紹介など多岐にわたります。
その1つには、オーベンロー市で取り組まれている「60+ Aktiv」が掲載されています。これは社会保健省と児童文化省の連携により進められており、高齢者が使いやすいサービスの確保と、自立した健康的な暮らしを支えることを目的としています。地域の協会やスポーツ団体、医療専門家、図書館、活動センターなど、さまざまなパートナーと協力しながら実施されています。その一例として、ウォーキングを中心としたコミュニティ活動が紹介されています。外出したい、自然に触れたいと考える高齢者が、ボランティアの方と一緒に参加者のペースでウォーキングできるイベントです。情報誌には、その様子の写真やウォーキング仲間ができた嬉しさを語る参加者の声が掲載されています。単なるイベント情報だけでなく、実際の参加者の体験や感想が紹介されることで、読む人が自分も参加できそうだと感じやすくなっており、新たな一歩を踏み出すきっかけにもなっています。
こうした情報誌と地域活動を通じて、オーベンロー市は高齢者や障がい者が地域社会とつながりを持ち、充実した生活を送るための支援を続けています。
RUDENの表紙 出典:Aabenraa kommune
60+ Aktivから自然体験やコミュニティ、地域活動に関する記事 出典:Aabenraa kommune
日本でも高齢者向けの情報誌が地域ごとに発行され、シニア世代の生きがいや健康づくりをサポートしています。例えば、茨城県つくば市では「ツクバネ!」 、神奈川県川崎市では「楽笑」、愛知県豊橋市では「アクティ」 という高齢者のための情報誌が発行されています。これらの情報誌では、それぞれの地域で開催されるイベントの情報や市からのお知らせなどを確認することができます。
今回は、デンマークの自治体が発行する高齢者向け情報誌についてご紹介しました。1冊を手に取ることで地域の現状を把握でき、さらに新しいコミュニティとの出会いの機会を提供しています。
情報誌により身近な地域で交流を育む機会を見つけることができるかもしれません。自治体が発行しているため、信頼性や安心感もあり、地域社会における情報源として非常に有効です。
ぜひ、デンマークの高齢者をヒントにお住まいの自治体が発行する情報誌を探して、地域の活動や情報に触れてみてはいかがでしょうか。
参考文献
※1 株式会社日本総合研究所(2024). 「高齢者の生きがい等調査2024」. 日本総研. https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=107510, (参照 2025/02/20).
※2 Gladsaxe Kommune. Fakta om Gladsaxe. Gladsaxe. https://gladsaxe.dk/kommunen/om-gladsaxe-kommune/fakta-om-gladsaxe, (参照 2025/02/24).
※3 Gladsaxe Kommune(2024). Seniorbladet 60+. Gladsaxe. https://gladsaxe.dk/borger/seniorer/seniorbladet-60, (参照 2025/02/23).
※4 Aabenraa Kommune. Fakta om Aabenraa Kommune. https://aabenraa.dk/om-kommunen/oekonomi-og-fakta/fakta-om-aabenraa-kommune/fakta-om-aabenraa-kommune, (参照 2025/02/24).
※5 Seniorrådet(2024). Seniorbladet Ruden. Aabenraa. https://aabenraa.dk/politik-og-dialog/raad-naevn-og-kommissioner/kommunale-fora/seniorraadet/seniorbladet-ruden, (参照 2025/02/23).
※6 つくば市(2024). 「シニア世代の生きがい情報発見誌 ツクバネ!」. つくば市.https://www.city.tsukuba.lg.jp/soshikikarasagasu/fukushibukoreifukushika/gyomuannai/2/1019184.html, (参照 2025/02/23).
※7 川崎市(2024). 「シニア世代の情報誌「楽笑」」. 川崎市. https://www.city.kawasaki.jp/350/page/0000146965.html, (参照 2025/02/23).
※8 豊橋市福祉部長寿介護課(2024). 「アクティブシニア情報誌 アクティ」. 豊橋市. https://www.city.toyohashi.lg.jp/32970.htm, (参照 2025/02/24).