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デンマークから学ぶ、認知症に優しい社会とは

2025年8月

北欧研究所 石本千智


昨今、認知症患者の数は世界的に劇的に増加しており、医療サービスの能力とコストの増加が問われています。他国と同様に、デンマークにおいても認知症の診断の見落としや遅れといった課題が存在する中で、2017年1月には、先進的な認知症ケアのモデルが新しく提案され、2025年までに達成すべき国家目標「認知症に関する国家行動計画2025(National Action Plan on Dementia 2025)」が施行されました。計画の3つの主要目標として、「デンマークの98の自治体全てが認知症に優しい自治体となること」「より多くの認知症患者を早期発見し、そのうちの80%が診断を受けること」「ケアと治療の改善により、認知症患者の薬剤使用量を2025年までに50%削減すること」が掲げられました。

こうした背景からデンマークでは、2025年現在までに、「認知症に優しい社会」を目指し、認知症患者とその家族の生活の質を向上させるための多岐にわたる新たな施策が展開されてきました。

本コラムでは、この先進的な戦略に基づいた、デンマークの認知症ケアの特徴的な取り組みを一部紹介します。


早期診断と治療

認知症への適切な治療と質の高いケアを開始するため、デンマークでは早期発見と正しい診断の重要性が強調されています。現状、認知症の初期症状は他の病気の症状や老化現象の正常な一部であると誤解されることが多いため、早期発見が困難な状況が続いています。しかし、できるだけ早い段階の診断が可能となれば、疾患の進行を遅らせ、機能的能力の喪失を先延ばしできる可能性が高まります。デンマークでは一般診療医が基本的な診断評価を行いますが、より包括的な診断評価が必要な場合や、より複雑、稀なタイプの認知症の場合には、患者が病院の認知症対策の専門グループである「メモリークリニック」にて精密検査を受ける仕組みが整っています。このため、一般診療所、病院、自治体の専門家が緊密に連携することが重要です。メモリークリニックには、神経科医、精神科医、老年科医、神経心理学者、看護師からなる多職種チームで構成されており、デンマークには現在30のメモリークリニックがあります。さらに、デンマークの医療システムは、CPRナンバー(国民番号)に基づき全てデジタル化されており、こうしたデジタル技術が認知症の早期発見に大いに貢献しています。

認知症に優しい病院・介護施設

デンマークの病院では、認知症患者に優しい施設作りを目指し、医療従事者の認知症に関する知識とケアスキルの向上に取り組んでいます。例えば、オーデンセ大学病院では、医療処置そのものだけでなく、医療スタッフが患者と取るコミュニケーションのスキル向上に焦点を当てています。「老年医学の玄関口(Getiatrics at the doorway)」というこの病院でのサービスは、認知症の患者を救急外来の出入口で老年の看護師が明るく出迎える取り組みが行われています。老年の看護師は患者との年齢が近いため、入院プロセスを通じて患者へ安心感を与えることが容易になります。

デンマークの医療政策の主要な目的は、人々が可能な限り柔軟な思考を持ち、自立した生活が送れるようにすることです。つまり、認知症の患者が自立し、可能な限り高いレベルの機能的能力を長く維持できるよう支援することが求められます。初期段階でのカウンセリングから、病気の進行に伴う包括的な支援まで、患者個々のニーズに合ったケアを提供することが重要です。デンマークの病院では、パーソンセンタードケア(個別対応型ケア)や身体運動、音楽療法、感覚刺激などを活用した方法で、患者に最適なケアを追求しています。パーソンセンタードケアとは、「認知症の人の視点から世界を見る」「認知症の人が相対的に幸福を感じることができる積極的な社会環境を作る」といった、国際的に高く評価されているケア方法論です。

また、介護施設においても、認知症入居者のケアの質向上を目指して、革新的な技術が活用されています。例えば、スコーヴフーセット介護施設では、全ての部屋にインテリジェントフロアが設置されており、床下のセンサーで入居者の動きを記録し、職員が室内での行動を追跡できるようになっています。この技術は、入居者のプライバシーを侵害しないよう、センサーを作動させる前に必ず入居者から許可を得る仕組みになっています。スコーヴフーセット介護施設では、入居者の90~95%はセンサー稼働に同意しており、転倒時などに介護スタッフが迅速に対応できる利点があります。

南デンマークにあるメタメアリー介護施設でも、デジタル機器を活用したパーソンセンタードケアを実践しています。この施設では、各部屋にタブレットが設置されており、入居者の日々の活動が表示されます。このツールには、入居者の写真やライフストーリー、幼少期、家族、人生の出来事、趣味などのエピソードも表示されており、入居者本人や家族も使用可能です。この取り組みにより、スタッフは入居者の個別のニーズに応じたケアを提供でき、より親密な関係を築く基盤が作られています。

コミュニケーションアプリ「Relabee」

デンマークの医療デジタル化の一例として、「Relabee」というアプリがあります。このアプリは、認知症患者の介護者間の連携とコミュニケーションのニーズに応えるために2017年に開発されました。認知症患者を持つ家族や関係者は、多くのサポートやタスクを抱えていますが、「Relabee」を通して、特定の患者に関わる全ての人とのアポイントメントの調整やメッセージ共有が可能になりました。医師との相談内容や薬局での調整事項など、日常的なタスクを解決するのに役立つ便利なアプリとして、リリース直後に注目を浴びました。

さいごに

デンマークの認知症ケアは、今後もさらなる発展が期待されます。AIやデータ分析を活用した診断精度の向上、個別化ケアの推進、スマートシティと認知症ケアの融合、公共施設や交通機関のバリアフリー化など、技術革新を通じた認知症フレンドリーな社会の実現が期待されています。また、国際的な情報共有や共同研究を進め、グローバルな認知症ケアモデルの確立が今後も求められるでしょう。

日本においても、デンマークの取り組みは多くの示唆を与えてくれます。特に、先端技術の活用といった点は、日本の認知症ケアにおいても高い技術を持った日本でより強化できる分野と言えます。デンマークの実践を例に、日本でも、より認知症に優しい社会が実現されることを楽しみにしています。



参考資料

Healthcare Denmark. Elderly Care. https://healthcaredenmark.dk/national-strongholds/elderly-care/ (2025.03.15閲覧)

Healthcare Denmark. (2018.12.08). Denmark – a dementia friendly society. 

Relabee - Guiden til pårørende. https://www.aleris.dk/godt-at-vide/patienter-og-parorende/relabee-appen-til-parorende/ (2025.03.26閲覧)

Linkedin. Relabee. https://www.linkedin.com/company/relabee/ 

Relabee. https://relabee.com/