北欧研究所 盛田忍之
デンマークは、日本と同じように高齢化が進む社会です。2024年時点で、人口の約20%が65歳以上となっており、その割合は今後さらに増えると見込まれています。社会全体で高齢者の暮らしを支える仕組みづくりが重要なテーマになっています。
日本では年金や医療、介護といった制度の持続可能性について議論が続いていますが、デンマークではそれだけでなく、高齢者自身が政策の意思決定に参加する仕組みが整えられている点が特徴です。その代表が、高齢者評議会(Ældreråd/エルドラロー)という組織です。これは単なる利益団体や支援団体ではなく、法律に基づいて自治体ごとに設置され、60歳以上の住民による選挙で選ばれた評議員が、市議会に対して意見や提案を行う公的な機関です。高齢者評議会は、高齢者の暮らしに関するあらゆる政策課題について、当事者の視点から意見を届けています。本レポートでは、この高齢者評議会の役割と実態を紹介します。
高齢者評議会(Senior Citizens' Councils, Ældreråd/エルドラロー)とは、デンマークにおける高齢者の民主的な参加を創出し、それを維持する機関です。任意の利益団体やNGOとは異なり、法的根拠に基づいた公的な代議機関として活動しています。1997年、各自治体に高齢者評議会を設立し、60歳以上のすべての人に選挙権と被選挙権を与え、評議会の直接選挙を実施することを義務付ける法律が施行されました。現在、デンマークには98の高齢者評議会があり、約1,000人の評議員が参加しています。評議会の目的は、市議会と地元の高齢者の間の仲介役として機能することです。法律で、市議会は高齢者に関するあらゆる問題について最終決定を下す前に、地域の高齢者評議会に諮問する義務があるとされています。具体的な事項としては、プライマリヘルスケア、交通計画、インフラ、文化政策、高齢者向け公共サービスの水準などが挙げられます。特に評議会が市議会の翌年度予算案に及ぼす影響は大きなものになります。
デンマークには、高齢者に関連する組織として、デンマーク高齢者協会(The Dane Senior Association, Ældre Sagen/エルドラセーエン)が存在します。高齢者協会は、50歳以上を対象とした、社会における高齢者のニーズを守るための活動をする非営利の組織です。エルドラローが公的機関として様々な政策に関与する一方、エルドラセーエンは、年金、健康、社会保障、毎日の生活に関する情報提供、法律相談やITサポートや孤立防止の支援などのサービスを提供しています。
詳しくはこちらの記事をご確認ください。https://dignitycharm.co.jp/columns/291
例として、首都コペンハーゲンの高齢者評議会について紹介します。コペンハーゲン市高齢者評議会には 25 名の議員がおり、毎年約30件の相談案件を受け付けています。市の予算についての要望や、新しいバス停の設置、老人ホームや在宅介護における利用者満足度調査などをしています。
2026年度の予算審議では、老人ホームでの食事のための資金増額を求めました。評議会は気候変動対策を理由に牛肉やラム肉の提供が制限されたり、予算の圧迫によりコーヒー、チョコレート、卵などの嗜好品が削減されたりしている状況について触れ、人生の最晩年にある高齢者ににとって食事は最大の楽しみであり、生活の質そのものであると述べています。そして、気候への配慮よりも、高齢者の生活の質への配慮が重んじられるべきだ主張しました。
この議論に見られるように、高齢者評議会が扱うテーマは日々の生活そのものです。人生の最晩年をどのように過ごすのか、何を大切にするのかという問いを、当事者自身が公の場で語ることが重視され、その積み重ねがデンマークの高齢者政策を形づくっているといえます。
デンマークは投票率が高いことで知られています。日本の2025年の参院選の投票率が58.51%であったのに対し、デンマークの2022年の国政選挙の投票率は84.16%、2025年の地方自治体選挙の投票率は69.2%でした。
しかし、2025年の高齢者評議会の選挙では67市の平均投票率は42.89%でした。さらに、従来の物理的な入場券と鉛筆投票の形式では投票率が55.86%であったのに対し、投票をデジタル化した市では31.64%に留まりました。また、郵便投票を導入した地域でも、37.77%に留まりました。高齢者の身体的負担や、選挙の運営コストを考えると、投票所に行かなくても投票できる形を用意するというのは、とても理にかなっています。しかし、デジタル投票や郵便投票を導入したことで、かえって投票率が下がり、むしろ対面投票が最も高い投票率を得ています。これはデジタルデバイドと呼ばれるもので、インターネットやコンピュータといった情報技術へのアクセスや利用の程度によって社会的な格差が生じている状態です。誰の声が届き、誰の声がこぼれ落ちているのか、どのような投票形式が高齢者にとって一番良いのか、デンマークにおいてもまだ解決が難しい問題といえそうです。
デンマークの高齢者評議会は、政策を決定したり予算を執行したりする権限を持たない助言機関です。それでも、高齢者自身が選挙によって代表を選び、市議会に対して継続的に意見を届ける仕組みが制度として保障されている点は、高齢化社会における民主主義の到達点といえます。一方で、高齢者評議会の選挙投票率が必ずしも高くないことや、デジタル化によってかえって参加のハードルが上がってしまう問題もあります。同じく高齢化が進む日本にとって、高齢者とともにどのような社会をつくるか、ということを考える上で高齢者評議会はとても参考になるケースであると言えそうです。
Danske Ældreråd. Statutory elected Senior Citizens´ Councils. https://danske-aeldreraad.dk/statutory-elected-senior-citizens-councils/ (2026.2.1閲覧).
Danske Ældreråd (2021.12.2). Danske Ældreråd undersøger: Stemmeprocenter, valgformer og kønsfordeling ved ældrerådsvalgene efteråret 2021. https://danske-aeldreraad.dk/wp-content/uploads/2021/12/Stemmeprocenter_valgform_koensfordelign_aeldreraadsvalg-efteraaret-2021.pdf(2026.2.1閲覧).
Danske Ældreråd (2025.8.26). Ældrerådsvalg: Mere end en million skal snart stemme, men store forskelle i valgformer truer valgdeltagelsen.
Københavns Ældreråd. Om Ældrerådet. https://aeldreraadet.kk.dk/om-raadet/om-aeldreraadet(2026.2.1閲覧).
Københavns Ældreråd (2025.7.7). Ønske til budget 2026: Mere rengøring og flere penge til plejehjemsmad. https://aeldreraadet.kk.dk/nyheder/oenske-til-budget-2026-mere-rengoering-og-flere-penge-til-plejehjemsmad(2026.2.1閲覧).